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ヨギーニートの日々

自称変人が綴る日記的なブログ

農業の社会的意味と個人的苦痛

今日は朝からニンニク畑の雑草取り。早朝の気温はマイナス一度だったそうです。そんな中作業開始。風がないのがせめてもの救い。にんにくの苗にも雑草にも霜の溶けた水分が付着しており、気づけば上着のそでがびっしょり。なんかこう、湿った衣類を身につけているときのいやーな感じを抱きながらも、果てしなく続くニンニク畑の畝に挑み続けました。昨日からかかっている畝なんですが、昨日の内に終らず、今日に持ち越しとなりましたが、朝から二時間かけてやっと終りました。その後も別のにんにく畑に向かい、再び草むしり。一日中ネギを向いていた日々が懐かしくなってます。

 

かすかに香るニンニクの臭いを嗅ぎながら、ふと心に浮かんでくることがありました。「これを何年と続けるのは無理だな」ということです。なんだよ雑草むしりって。なんで雑草こんなに生えてくるんだよ。おかしいだろ。そんめちゃくちゃなことを心の中で思いながらひたすら手を動かす。まあ楽しくないですよね。人によってペースが違うので、他の社員さんとは話せる距離にないし。ちょっと離れたところでミャンマー人が歌ってるのが聞こえるし。

 

言わずもがな、農業は社会にとって重要です。食糧を十分な量、安定して供給できるから、他のことに時間を割けるようになっている訳です。だと思います。自分で食糧を生産しなくても、お金を出せば買うことが出来る。だから安心して他の仕事に従事できると。だから農業が社会的に持つ意味ってすごい大きいじゃん、とずっと思っていまして、農業以外の仕事にはあまり重要性を感じてなかった自分なんですが、農業やってると他の仕事がうらやましく思えてくるのです。

 

まあ農業が重要な産業ということは間違いないと思うんですが、色々愉快じゃない作業が多いです。いや仕事はそういうもんだ、という声をどこかで聞いたような気がするんですが、今まではそれでよかったかも知れませんが、こう世の中が豊かになってくると、農業以外にも仕事はいくらでもあって、農業より楽しい、楽、なものも多いはずです。こうなったら農業なんてわざわざしようとは思わないでしょう。でも誰も農業しなくなったら問題です。食糧は必要です。だから誰かがトムソーヤーみたく、農業したい!と人に思わせる何かをしないといけません。

 

それには、「えーこんなことすんの?めんどくせえー」と思う僕のような人がもちょっと増えてくれたらいいんじゃないかと思います。めんどくさい、だからもっと楽に出来るようにしよう。そういう発想で農業がもっと楽なものになったら、農業やってみよう、と思う人が増えるでしょうし、もっといい仕事になるのでは。色んな人がアイデアを出して、色んなノウハウを使って、色々変えてくれたらと思います。すべてはしゃがみすぎて足首が痛むなんてことがなくなるように。ヨーロッパの農業が進んでるそうなんで、調べてみたいと思います。

 

以上