ヨギー(ニートと社会人の狭間)の日々(2017年7月4日現在)

週三で警備バイトをしながらのほほんと生きているヨギーの雑記

光見えたり

今朝。六時に起床。それから一時間ほどして。光が見えました。これは比喩表現ですが、ほんとにそんな気分でした。人が嫌いだと思って引きこもっていた心から暗雲が去るが如く、激落ちくんで水回りのしつこい汚れがきれいに落ちるが如く、さらにわかり易く言うならばデンタルフロスで歯の間の汚れがきれいに除去されるが如く、心の中であらゆる人に対してつぶやいていたネガティブな独り言が消え去りました。

 

自然と消え去っていったのかと言うと多分ちょっと違っていて、昨日の夜から自分はこのままでは死ぬときまで笑えないし、死ぬまさにそのときは恐ろしいほどの空虚を感じながら苦しみながら逝くんだろうなと思い続けていて、こんな生き方ではあかん!と痛烈に思い、そしてこんな自分の生き方をなんとかして変えよう!と思いながら寝て起きて、朝飯にサンダルフォーのブルーベリージャムをたっぷり塗った食パンをかじりながら「これまでの傲慢を反省して人に向き合おう」と決意し、起床して一時間後には先述のような心境に至ってました。そこに至ろうとした自分もありましたが、気づいたら「あ、着いちゃってた」みたいな感覚もありながら、といったかんじでした。

 

自分がなんで人が嫌いなのか理解できずに苦しんでいた昨日まででしたが、そんなの理解する必要も実はそんなになくて、自分が改まって謙虚な気持ちになってとりあえず自分から人に話していけば人は心を開いてくれるものなんでしょう。そこに至までにうじうじ理屈こねくってたから悶々としてたのであって。

 

親と家族の問題に関しても、もう放ってはおけないものなんだろうと大方直感で悟りました。家族に対して無関心で「家族?どうでもいいっす」という考えでいながらにして、それ以外の誰かとほんとうに打ち解けて話せる関係を築くことが出来るのか。否。多分。だから人の間で楽しくやってくために親に向き合うかしゃあねえなーというところまで来てます。自分の名前に「光」という漢字も入ってることだしそんな字を名前に入れ込んどいた親のセンスと先見の妙に感謝して「やるじゃねえかこんちくしょう」と...こんな気分に謙虚さを足してなんとかプラスの値にしてからぶつかってやろうと思います。

 

そんな訳なんで人嫌いだけどほんとは人と楽しく話したりしたいって人に必要なのは、激落ちくんとデンタルフロスとサンダルフォーのジャムと食パンと十分な睡眠と気合いだと思います。この中でも特に大事なのは...そう、サンダルフォーのジャムです。

 

以上