そろそろ親と向き合わなければ人生開けないな、と感じたけどどうしても会いたくないしゃべりたくないそんな僕が考えた解決策

人間、親には感謝しなければいけない。

 

なぜなら、この世に親から生まれずに存在している人間などいないから。

 

親がいるから自分がいるという、揺るがしがたい事実があり、それはそれはとてつもない恩なのです。そんな恩知ったことかという考え方の果てには自殺があるでしょう。僕は親に感謝したくないから自殺します、というほど意地の強い人間ではありませんでした。なので親への恩を報じなければならないと。

 

親として100点満点中80点以上をつけれるような親を僕は数えるほどしか見たことがなく、そしてその数少ない親の人たちも、子供として見たときにどこかしら欠点はあるでしょう。親としての心構えなど、なってみないと出来ない人が殆どであろうし、どんなに準備していても子供が出来てからのオンザジョブトレーニング形式でしか近づいていくことができないものだと思います。中にはまともな親になる前に子供が自立してしまうこともあるという。

 

僕がここまで分かったのはここ3〜4年のことでしょうか。頭では「親も子供が出来てから親1年生スタートなんだな」と分かっても、許せないところがあります。許せないというか、僕は実家の中での人格が心にこびりついてしまっていて、今更それを払拭して親と仲良く話なんか出来ないよ、という状態です。

 

それでも親には感謝して、恩返しをしなければならない。これは、僕の尊敬するある人の教えるところです。僕が生きていく上で色々と軸になるものをくださった方です。その人の言うことならすべて素直に聞くことが出来るのですが、親のことに関しては難しい。

 

僕は大学進学を機に実家を離れ、そして実家を離れてから「生きているのはこんなに楽しいことなのか」と、感動しました。親の顔も声も聞かなくていい毎日。最高でした。家事全般は高校生の頃から自分でしていたし、食事の用意も自分でしていたので、一人暮らしで困ることはなく。実家を離れて、むしろ生活の負担が減ったと感じれるほどでした。

 

そういう生活が始まってからもう7年。そつなく就職もし、何不自由なく生活してましたが、仕事のことでは色々あります。どうも今のままではこの職場つぶれちゃうな、というのが明らかなのです。転職や、フリーになって頑張る、という選択肢はいくらでもありますが、今の職場結構好きだし、こんな職場が増えれば日本が良くなるだろうなーと思うので、諦めたくはないし。

 

そんなことがある中で、ふと親のことが浮かぶのです。人生切り開く為に、個人の努力だけでは達成できない、ややスピリチュアルな領域の力があるなと。親に感謝もせずに生きていて、思い通りの人生を進んでいけるほど実力がある人間なのか自分は、と問うたとき、かなり不安なわけです。

 

でもでも、親の顔なんか思い出したくもないし、会ってしゃべるどころか、電話で話すのさえ気分最悪になるほど僕の中の対親人格はしつこいものです。感謝して恩返ししなされ、という声と、あんな親知るか、という声とがぶつかり合い、後者の思いの方が圧倒的に強いと。

 

それでも、こういうのは理屈じゃあどうにもならないことだし、なんとかできないか、と考えた末に「これでいこう」と出た解決策が、手紙を書く、です。

 

どうせ電話で話しても対親人格がでて声はくぐもり言おうと思ったことは声にならず、唸るように短く返答するだけで終わってしまうので、それなら頭のすっきりしていて言いたいことが伝わるように文章にして送ってしまえばいい、と。

 

というわけで、親に手紙を書きます。月一で書いていきます。そのかわり、期間無期限で親に会わない、電話に出ない、ということにします。これが親への感謝になるのかどうか、色々思うところはありますが、出来ることから始めようと前向きに捉えます。

 

嫌いなものは嫌いだし、親の前ではゾンビみたいな存在になってしまうし、という自分を認め、出来ることから。そのうち親の前でもそこそこ話せるようになるんじゃないでしょうか。

 

とりあえずこれでやってみて、だめだったらそのときにまた考えます。一歩踏み出してみて、その一歩がクレバスの上に踏み出されても、死ななければまた気をつけながら違う方法で進めばいいんです。

 

親との関係ってとことん難しいですよね。つい数年前までは家事で実家燃えて家族みんな焼死してくれないかなーとか思ってましたからね。父方の両親は好きなんですけど。人間としての道をゆかなくては。教えてくれた僕の人生の先輩に感謝です。

 

以上

イライラすることについて:最終的に「まあいっか」という気持ちになるまで

こんにちは。

 

こちらのブログは久しぶりに更新します。

 

こんなに長期間更新してないにも関わらず、毎日数人〜数十人が読んでくれてるようで、なんかありがとうございます。

 

今世の中はゴールデンウィークなるものに入ってるそうです。なんかよくわかりませんが、楽しいものみたいですね。僕は今までそんな黄金週間なるものを経験したことありませんが、どんな風に楽しいのでしょうか。平日なのに郵便局が閉まってたり銀行が空いてなかったりという現象が起こるのがこの期間だ、という認識しかできてないまま人生26年目を迎えてますが。

 

まあ、利用者が不便を感じるということの裏側に、働く方がちゃんと休めている、ということがあるのであれば、なんか安心します。自分のことばかり考えてるなと思って冷静に反省しましょう。インドなんかにいると、頼んだものがなかったり、買い物のおつりがなぜかチョコレートで返ってきたり(例えば10円のおつりが10円分のチョコレートで払われる)、ここに行きたいんだけど、と運転手に行ったら全然違うとこに着いてしまったり。そんなことばっかでした。働く方もまじめに仕事はしないといけませんが、お金払うんだからちゃんと仕事しろよ、という考え方が強すぎると自分が苦しくなるので。

 

最近いらいらしたことがあります。事実をままに伝えるとあれなので、たとえ話で。僕がラーメン屋だったとして、メニューが色々あってその中に辛いのが売りのラーメンもありますと。お客さんが、「あの辛いのちょうだい」と注文して、僕がそれを提供します。するとお客さんが「これ辛すぎるよふざけんなよ」とキレて箸を床に放り出して帰っていく。そんな感じのことがありました。

 

他のお客さんはその辛さでちょうどいい、ちょっと辛いけど辛いのが欲しいときはこれくらいがいい、という風に受け取ってくれる方が多数派。辛さの調整は雑にしてはいけませんが、すべての人にちょうどいい辛さにはなかなかできない。

 

そのキレたお客さんは、次来るなら他のあっさりした味のラーメンかなにか食べてもらうか、もう来ないでもらうか。こちらが提供するものの質に文句があったにしても、あなたの伝え方やマナーが悪いならあなたを歓迎はしません。すべてを自分に合わせてほしいなら、僕には手に負えません。他へ行ってください。

 

そんなことを思いながら最近いらいらしてました。が、いつまでもそんなことしててもしかたないので、「世の中色んな人がいるなあ」と頭の中でつぶやいてほっとくことにしました。痩せたいと思ってるのに糖分たっぷりのものを毎日食べちゃう人。辛いの苦手なのに辛いもの食べちゃう人。人間なんて矛盾しててなんぼですね。

 

矛盾こそ人間、そんなことをしっかりと確認させてくれたそのお客さん。どこかで辛くない激辛ラーメンに出会うことを祈ります。まあどうでもいいけど。

 

以上

台風の日にアパートの一室という洞窟で考えたこと:「ヨガ=健康寿命」にしたい

今日は台風で雨が降り風が吹き、屋内にさえいればなんとなくわくわくする楽しい一日でした。

 

そんな中、今日読み終わった本が一冊。介護の現場の過酷さ、異常さについて書いた新書です。中村淳彦著『絶望の超高齢社会 介護業界の生き地獄』という、なんとも気持ちをしょぼーんとさせるタイトルの本です。

 

介護現場での虐待や殺人、そんな残酷なことをするまでに職員を追い込む介護業界の仕組み、とかについて、何か著者の強烈な思いが伝わるような文章で書かれておりました。

 

興味の出た方は読んでみてください。介護の仕事に限らず、どんな働き方をしていれば人間がどんなになるのか、想像が膨らむと思います。

 

この本を読んで感じたこと。「うわー介護されたくねー」。

 

それと、「出来ることなら世の中みんな可能な限り介護される必要がないように年老いてほしいなー」。ということ。

 

今ヨガを教えていて、そこらへんの可能性については自分実はかなり世の役に立つ技術を持ってるんじゃないの?と、明るい面も見えました。

 

きれいな姿勢を維持し、元気に日常動作を行うための筋肉を鍛え、深い呼吸によって内臓の機能を正常にし、瞑想によって脳の働きを衰退から守る。

 

健康寿命という言葉がありますが、ヨガはまさにその実現にぴったりの文化ではないか!と一人興奮してます。

 

これは何かすべきだ!と思いはじめ、これから公園とか公共施設とかでなるべく多くの人にヨガに触れられるようなイベントを開いていきたいと思ってます。

 

今でも、仕事とは別で、休みの日に少人数で無料の気楽なヨガ教室をやってるんですが、もっと関わる人を増やしたい!という野望が渦巻いております。特にこれから第二の人生なるものを迎える人たちには。

 

もちろん僕の今の職場のヨガスタジオにお客さんとして来てくれたらうれしいんですが、目的としては健康寿命を掲げて、僕の仕事とは完全に別のこととして、なるべくお金のかからないようにできればと考えてます。

 

そんな訳なので、ヨガしてみたいという方がいましたら、僕の休みの日であれば、そして自転車で行ける範囲であれば、声かけてもらえれば多分行きますので、ちょっと頭の片隅に置いてくれればと思います。ゆくゆくは八王子という街が世界的に健康寿命で有名になったらなーと考えています。

 

今日はこの八王子駅から近いようで微妙に遠いアパートの一室で、そういうことを考えてました。

 

以上

 

P.S.

最近ゆで卵にはまってます。

後悔しないことについて

みなさんこんにちは。久しぶりの更新になります。生きてます。生きてますが、色々大変でした。

 

まずひとつ。引っ越しました。6人暮らしから1人暮らしに戻りました。約1年、ひとつ屋根の下暮らしてきた仲間達と離れ、八王子駅南口から歩いて15分程のところに引っ越しました。一人暮らしを決意し、家を決めてから引っ越すまでの期間実に一週間。「色々大変」の大方はこれでした。

 

なぜ引っ越したか。自分にできることが多い方を選びました。以上。といってもわかんない方しかいないかと思います。前の家だと、職場まで時間がかかる、体力を消耗する、することが多い、何かと落ち着かない、などのデメリットがあったので、一人暮らしを再開して今出来ることに集中しようと決めました。具体的にはヨガの仕事。

 

集中するといっても、何から手をつけていいかわからないようなこともあります。そういうのも含めて時間が必要でしたので。でもまあ、おかげでいい感じで進んでるように見えます。

 

引っ越しが終わって今日で12日目。まだちょっと欲しいものもありますが、もう大分落ち着いてます。昭和から平成に移るのを忘れたような、ぼろアパート。こないだは台所の水道管が外れて水が溢れてきましたが、たいていなんとかなると改めて思わせてくれる貴重な経験となりました。

 

そんな訳で、びっくりするほどまじめに働いてます。もう次はいつインドに帰れるのか予想もつかない状況ですが、腐ることなくほどほどにやっております。

 

近況報告が長々と続いてしまうので、今日書こうと思ったことについてさらっと入っていきます。後悔しないことについて。

 

これについて思ったきっかけは、昨晩見た夢です。重要な用事があったのに、当日の朝寝坊して、そのまま「間に合わないからいーや寝よ」と諦めて一日過ごしてしまう、という夢でした。その夢の最後、出来ることをせず、周りからの信頼がなくなり、このまま自分はつまらない人生を送るんだ、とひしひし感じて目覚めました。

 

こういう夢は以前も見たことがあって、忘れもしない2年前の元旦。人をバットで殴り殺す夢を見て目覚めるという最悪な年明けでした。その夢を見たときも、周りから人がどんどん離れていく感覚を味わいながら目覚めました。起きて数分間「あれって夢だっけ?」と、自分がブタ箱行きになるのかどうか本気でわからない混乱っぷりを招きました。それほどリアルな夢でした。

 

こういう夢を見て何を感じたかというと、今回のお題、後悔です。

 

周りからの信頼がなくなり、人が自分から離れていくのを感じながら、強く後悔してました。出来たのにやらなかったこと、こらえるべきなのについやってしまったこと。

 

人が何か変わるには、大きな、感情を揺さぶる出来事が必要だと思ってます。よく聞くのは、家族や友人や、仲のいい人が死んだとき。ペットが死んだときもそうかもしれません。で、強く後悔するというのも、そんな中のひとつでしょう。ただ、それを感じれる経験がなかなか出来ない。色々挑戦してればそういうのもどんどん出くわすでしょうけど。

 

夢の中ではあるけども、強く後悔を感じて、実際の行動に多少変化が出ました。仕事前にひげを剃ったり、たまってた洗濯物を洗ったり(引っ越しにあたってまた懐かしの選択もの手洗い方式にもどりました)、仕事中に出来ることはないか、もっといい方法で出来ないか考えてみたり、出来るんだけどなにかと言い訳をつけてやらずにいたことをしてみたり。など。でも時間が経つほどその感覚が薄れてしまい、夜になってみればもうどこへやら。今朝のあの、後悔しないように一日過ごす!という気持ちを忘れてしまってます。

 

いつまでも心をあの状態で維持することは多分出来ないので、言葉の力を借りて、「後悔しながら生きるのはつらい後悔しながら生きるのはつらい後悔しながら・・・」と頭の中で繰り返して、日記に書いて、今朝のことを思い出しながら、出来ることを淡々とやってくしかないなーと感じてます。

 

夢の中でこんなに後悔することが出来たということは、リアルの人生の中で強く後悔したことがあるんだと思い、記憶を探ってみると、ありました。いや、人殺したりはしてないんですが。それほどの重みはないけど、「なんでこんなことやっちゃったんかなー」と強く感じた出来事はありました。ただ、出来事としては覚えていても、その時の「やっちまったぜ!」という感覚は覚えていられないですね。たまに夢で今朝みたいにして定期的に思い出せたらいいのになーと思ってます。

 

よく人に「本気だしてやれ!」とかそういう感じのことを言ってる人がいますが、言葉だけで人がそんな気になる訳ないやーんていつも思ってます。何か感情を動かすような話し方や生き方をその人がしてるならいいんですが。そうでないなら、ねえ。

 

だから、自分で強く感じるなにかを得ないと、ほんとには変わらない、というのが今日考えたところです。後悔しないためには、強く後悔するしかない、みたいな。絶対誰かこれまでにこういうこと言った人いると思うんですが、言葉で知ってても行動に反映できるほどには理解出来てないもので。今朝ちょっと分かりました。

 

では、明日もドンキホーテ八王子駅前店での買い物を楽しみにしながら、今日はもう寝ることにします。

 

以上

会社員生活二ヶ月が過ぎて

だんだんあったかくなってきたなーと思ったら雨続きでいきなり寒くなって、例年のことですが八王子の天気は僕を弄んでいます。でももうここでの生活も六年目なので、そんなことでへこたれることはなく、雨の日でもカッパを着て裸足にサンダルひっかけて自転車で野猿峠を超えて職場まで通ったりしている最近です。

 

そんなことよりも、働くということをまだ続けていることに自分自身びっくりしてます。そして同じような日々が繰り返される中で一日がすぐに終ってしまっていることに気付き、このままいくとどこにでもいるつまらない人間になるんだろうなーとじわじわと焦り始めています。

 

今日は休日で、大学の図書館に借りていた本を返しにいき、そこで偶然、インド人の友人に出くわしました。彼から、今その大学で英語を教えているということを聞き、なんかうれしくなりました。前に会ったときと比べて変化がある、そんな人と会うのは良い刺激になります。僕のほうはそんなふうな人間なんだろうか、と思うとなおさら焦るという。後から思うとそういう思いもありますが、単純に良い時間が過ごせた昼下がりでした。

 

会社員にはなりましたが、スーツを着ることもなく、電車に乗る必要もなく、デスクに座ってパソコンと向き合い続けるということもなく、職場の人間関係も良好で、おかげでなんとか続いているところです。が、やはりなにか物足りないとも感じています。時間もお金も欲しいのです。そのために今の環境で出来ることはあると思うので、出来ることをこつこつしていきます。

 

こうして会社員をしていると、努力というものをしていない自分にふと気づきます。本を読んで「こういうのがあるんだなー」とか、ヨガインストラクターの先人に教えてもらって「こういうふうにやればわかり易いな」とか、全く何もない訳ではないんですが、この調子で「こんな風になりたいなー」と思い描いているところまで行き着くには人生二周目に入んないと無理なんじゃない?と。

 

どうも、人間、何かをやるにはとりあえず動いてみれば心の方がついてくるようになってるところもあって、頭で「努力する」「頑張る」と思うよりも、実際に手でも足でも使ってどこかに向かって何かする方がいいそうです。そういう風に生きていこうと思います。今日はインドカレーを作りました。そしてひっさしぶりにブログを更新しました。今日もあと数時間ありますので、もちょっとなにかしようと思います。

 

以上

就活してなかったのに就職してしまった話

一昨日のことですが、DIYで作った自作の小屋に引っ越しました。引っ越しといっても、今ルームシェアしながら住んでいるアパートのベランダにひっそり作った小屋なので、家の中で引っ越しというかなり特殊なものです。小屋の中は床面積3畳ほどで、なんと2階建てです。2階にあるのは布団のみですが。寝るためだけの1畳です。今はまだ雨風が防げるだけの小屋に毛が生えたくらいのものですが、内装等にこれから工夫を凝らして面白くしていきます。

 

さて、先週の出来事なんですが、就職してしまいました。「してしまった」という表現がまさにぴったりな就職のしかたでした。なにしろ、バイトの面接と思って行ったら正社員で採用されてしまったので。まあ、僕が譲らなければバイトでも採用してもらえたと思うんですが、1日6時間きっかりで週4で働くのと、1日8時間で週5(見込み残業20時間)とを比べたら、給料面に結構な差が出るので、正社員でいっかと軽く決めてしまいました。ちなみに、ヨガインストラクターの仕事です。

 

よく求人サイトに載ってる「資格・経験なしOK!」と謳っている正社員募集の情報見てると、なんともろくでもなさそうな臭いが漂ってくるんですが、今回就職してしまった会社では仕事として何やるか大方具体的にわかってるし、ある程度知識と技能が必要だし、職場の雰囲気もいいし、家からも近いしまあ大丈夫でしょう、と思ってます。とか言って、過去に「やっぱ自分は就職無理やわー」と思った決定的なことが何度かあったので、安心しきってはいません。それに、しばらくはバイトでやってこうと思ってた時に描いてた、旅行しまくるという楽しみもかなり制限されるでしょう。しかししかし、ヨガを教えるというのは「したかったこと」のひとつなので、それを仕事に出来た事は正直うれしいです。楽しくやっていきたいです。

 

来月から研修が始まって、そこからはやくも週5で仕事への準備が始まります。研修後の勤務地は八王子ですが、研修は新宿にて行われます。朝から。つまり、ほぼ確実に通勤電車に乗らなければならないということです。そんな日々が1ヶ月ほど続きます。それを考えると気分は懲役刑が確定してぶちこまれる3日前の囚人です。満員電車に揺られながら舌打ちを聞き流しながら謎の臭いに耐えながら自分の明るい未来を信じてこの刑期を満了しなければならないのです。きつ。

 

ふと顔をパソコンの画面から離してみると、前も左右もむき出しの断熱材です。内壁はまだできてないので。思えばよくこんな状態の小屋に引っ越しました自分。断熱材はガムテープで壁である合板に貼付けられています。合板とガムテープの相性はよくないので、合板にはガムテープを画鋲で留めています。そうしないと断熱材がはがれて机にもたれかかってきます。こんな今ですが楽しくやってます。なんというか、いろいろとこれからですねほんと。自分に合わないことはどんなに頑張ろうとしても頑張れないということがなんとなくわかってきたので、自分が楽しく出来て人の役にも立てれるというところを生きていきたいと思います。そんな風に生きる人を増やしたいとも思います。いずれ。

 

以上

普段口で呼吸してる人を見て思う事

最近はこの事に触れてませんが、今も基本的に準ベジタリアンです。準べジタリアンは完全な造語で、正確にいうとセミ・ベジタリアン(フレキシタリアン)というらしいです。外食等で友人と一緒に食べる時以外で肉は食べない食生活は継続中です。特に意識して続けているわけでもなくなってます。魚、魚介類、卵はそこそことってます。牛乳はなんとなく避けてます。豆乳に慣れると牛乳がちょっと濃すぎて気持ち悪く感じるので。こういう食生活のおかげなのかどうなのか、とにかく体調は良好なままです。

 

それでは本題。どれほどの数いるのかわかりませんが、普段から口で呼吸する人っているじゃないですか。僕の身近にも何人かいます。口呼吸ってなにかと衛生面でよろしくないと思うので、止めた方がいいんだけどなーと思いながらも、自分自身鼻が詰まる事はよくあり、その苦しみはわかるので、まあしょうがないかーと見なかった事にしてます。僕の場合は鼻が詰まってても気合いで鼻呼吸してますが。そういえば運動するといつの間にか鼻のつまりがなおってたってことがよくあります。他に、ヨガで培った技術と知恵で鼻づまりを治したりもします。まあ、電車の中や仕事中にランニングやカパルバティはできないでしょうし、緩いバイトで生活してるニートの身で良かったと思うところです。

 

口呼吸は、細菌への防御力が弱い口に空気と一緒に色々余計なものを吸い込んでしまうから衛生的によろしくないと思ってる次第なんですが、呼吸の仕方くらい自分で決めるわ!余計なお世話じゃ!とか思われるのもあれだしで、そこは個人主義に道を譲ってる訳です。というか、口呼吸が鼻呼吸に比べて衛生的によろしくないと説明する十分な根拠が自分の中にないので、鼻づまりの人にわざわざ労をかけさせてまでさせるのに気が引けるのです。

 

でも、自分のここ数年の病歴を振り返ると、病院のお世話になったのは四年前のインドでの「急に40度超えの高熱が出てマジで死ぬと思ったらただの風邪だった事件」が最後だし、インフルにかかったのは高校2年の時が最後だし、風邪も国内では4~5年は縁がないです。確か。2年前にヨガを習う中で本格的に鼻呼吸を心がけはじめたので、それ以降は感染性の病気から免れているというわけです。テレビがない生活を5年もしているので、冬にインフルが流行ってるのかどうかさえわかりませんが、マスクして外出することは全くありません。単に運がいいだけなのか、人ごみが嫌いだからドンキでの買い物くらいしか危険地帯がないおかげなのか、他の人がみんなマスクつけてくれてるおかげなのか、定かではありませんが、多分、鼻呼吸の方が口呼吸よりいいですよ、という話でした。余談ですが、僕が最初に鼻で呼吸するように気をつけはじめたのは、小学生のときに友人から「口開けっ放しにしてたら唇がでかくなるぞ」という嘘かまことか知れない一言からでした。

 

以上