ヨギー(ニートと社会人の狭間)の日々(2017年7月4日現在)

週三で警備バイトをしながらのほほんと生きているヨギーの雑記

最近やっていること

最近、久しぶりに会った友人なんかに、「今なにやってんの?」と聞かれることがありました。この問にどう答えるべきか、なかなか説明するのがまどろっこしいと感じることがあったので、ここにて書いておこうと思います。

 

まず一つ目。アーマチュアという、20~30cmくらいの人形を作るための骨格を作っています。この人形はいわゆるこま撮りの映画を作るために使います。なので、本物の人間のように関節が動かないといけません。アーマチュアを骨格にして人形を作る事で、関節が動き、しかも何度動かしても壊れない頑丈な人形が出来るというわけです。

 

なぜアーマチュアを作ってるのかという疑問が浮かぶ人しかいないと思います。何も、夢でアーマチュアをつくりなさい、というお告げをいただいたとかってわけではありません。ちゃんとした理由があります。今、僕の大学の先輩、後輩4人とルームシェアをしていて、そのルームシェアというのが、こま撮り映画を作る事を目論み活動している人たちなわけです。その中で僕の役割がアーマチュアを作る、というものなのです。どんな映画を作るのか、どれくらいにできあがる予定なのか、どうやって世に発信するのか、等々という質問には、不明確なことだらけなので答えかねます。ご容赦ください。でもまあ計画通りにいかないこともありますが着実にことは進んでいます。

 

そういうことをしているので、僕の部屋には最低限の機材がおいてあります。下の写真に移ってるのは金属の板に穴をあけるためのドリルです。もうひとつ、金属の棒や板を短く切断するための電動丸鋸もあります。

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ドリル。立って作業するので、高めの作業台に置いて使ってます。ちなみに、この作業台は自作です。

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ちょっとわかりづらいですが、左下のものが電動丸鋸です。

 

そして、完成したアーマチュアはどんなものかというと、下の写真。

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これで25cmくらいです。

 

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色んなポーズがとれます。木のポーズもこの通り(うそです。二本足では直立しますが、片足立ちはよほどバランスのとれるポーズじゃないと自立しません。上の写真では、上の切れてるところで指で支えてます。でも片足立ちでなければほんとに色んなポーズがとれます)。

 

とまあ、こんなものを作ってる最近です。そして、今晩はこのアーマチュアを使って初の撮影練習。立ってる状態から座るっていう超がつくほどの基本動作ですが、一歩前進です。動かしながらどんどん課題が見つかっていくので、まあぼちぼち取り組んでいこうと思います。

 

これがここ最近で一番時間を使っていることでしょうか。他には、バイト探しをしてました。2ヶ月ほどやっていた警備のバイトは、基本的に拘束時間が長いのと、やってると頭を使わなすぎて馬鹿になりそうだから、別のバイトを探そうと思い、先月塾講師のバイトに受かったのでそっちでやっていこうかなと。今は研修をこなしてます。本格的に始まって合わなかったら、とりあえず警備にもどります。

 

その他。大学に復学して、週一で剣道の授業を履修するために通います。ただ、昨日が第一回目の授業だったんですが、どうも声を出しながら体を動かすってことが苦手で、全く声を出す事なく素振りしたりしてました。担当の先生がこれを気に入らなければ履修取り消しでめでたく履修授業なしで最後のセメスターを終えることになります。必要な単位は取り終わってるのでそこは気楽に構えてます。

 

卒業後は何をしていくのか、という点については、今やってるアーマチュア作りを趣味ではなく仕事に出来るようにしたいと思ってます。コマ撮り映画用の人形に限らず、マニアの人向けにリアルな動きができるフィギュアなんかにも使う用途があると思うので、そういうものを作っている人に売れたらなと。そんな感じで収入源のひとつにできたらと思います。

 

あと、最近読んだ本に『聖なる怠け者の冒険』というのがあるんですが、僕の人生で「何が残る訳でもないけど面白かった本」ベスト3に入る猛者でした。人間、常に時間を何か生産的なことに使える訳ではないんだと言い訳しながらぐだっとした気持ちで読んでいた本です。そんな気持ちでいることに何か後ろめたさを感じる自分もどこかにいるんですが、なんとか前向きに生きていこうと思います。

 

以上

光見えたり

今朝。六時に起床。それから一時間ほどして。光が見えました。これは比喩表現ですが、ほんとにそんな気分でした。人が嫌いだと思って引きこもっていた心から暗雲が去るが如く、激落ちくんで水回りのしつこい汚れがきれいに落ちるが如く、さらにわかり易く言うならばデンタルフロスで歯の間の汚れがきれいに除去されるが如く、心の中であらゆる人に対してつぶやいていたネガティブな独り言が消え去りました。

 

自然と消え去っていったのかと言うと多分ちょっと違っていて、昨日の夜から自分はこのままでは死ぬときまで笑えないし、死ぬまさにそのときは恐ろしいほどの空虚を感じながら苦しみながら逝くんだろうなと思い続けていて、こんな生き方ではあかん!と痛烈に思い、そしてこんな自分の生き方をなんとかして変えよう!と思いながら寝て起きて、朝飯にサンダルフォーのブルーベリージャムをたっぷり塗った食パンをかじりながら「これまでの傲慢を反省して人に向き合おう」と決意し、起床して一時間後には先述のような心境に至ってました。そこに至ろうとした自分もありましたが、気づいたら「あ、着いちゃってた」みたいな感覚もありながら、といったかんじでした。

 

自分がなんで人が嫌いなのか理解できずに苦しんでいた昨日まででしたが、そんなの理解する必要も実はそんなになくて、自分が改まって謙虚な気持ちになってとりあえず自分から人に話していけば人は心を開いてくれるものなんでしょう。そこに至までにうじうじ理屈こねくってたから悶々としてたのであって。

 

親と家族の問題に関しても、もう放ってはおけないものなんだろうと大方直感で悟りました。家族に対して無関心で「家族?どうでもいいっす」という考えでいながらにして、それ以外の誰かとほんとうに打ち解けて話せる関係を築くことが出来るのか。否。多分。だから人の間で楽しくやってくために親に向き合うかしゃあねえなーというところまで来てます。自分の名前に「光」という漢字も入ってることだしそんな字を名前に入れ込んどいた親のセンスと先見の妙に感謝して「やるじゃねえかこんちくしょう」と...こんな気分に謙虚さを足してなんとかプラスの値にしてからぶつかってやろうと思います。

 

そんな訳なんで人嫌いだけどほんとは人と楽しく話したりしたいって人に必要なのは、激落ちくんとデンタルフロスとサンダルフォーのジャムと食パンと十分な睡眠と気合いだと思います。この中でも特に大事なのは...そう、サンダルフォーのジャムです。

 

以上

自分が理解できず苦しむ

先日、こんな夢を見ました。僕は広い遊園地みたいなとこにいました。この遊園地みたいなところは、僕が夢で何度も見る場所のひとつでした。そこで、ぶらぶら歩いてると、ふと目の端で僕の母親が歩いてるのを捉えました。その瞬間に、僕は「やばい!」と感じ、すぐに逃げ出しました。母親は僕に気づいたようで、追いかけてきました。僕はその遊園地らしき場所の中をとにかく逃げ回り、どうにか親から逃げ切りました。そして安心すると自分の部屋の中にいて、疲れたから寝ようと思い布団に入りました。すると、ふと目が覚めて、あたりを見渡すとなんと母親がそこに...というところで目が覚めました。

 

夢の中は全くもってカオスですが、ここ数日はリアルの世界の方でもなんとなく人付き合いが嫌になってきて、自分の部屋に引っ込んでることが多い状態になってます。こういうことはこれまでの人生で何度もあったんですが、どうしてこういう人嫌いモードになるのかはわからないままです。家族から距離をおきたいと常に思ってることと関係があるのかもしれません。もしかしたら僕は自分が思ってる以上に社会不適合社なんでしょうか。

 

自分が人の中にあって何を考えてるのか、どんな人が嫌いでどんな人とは話し易いのか、仲良くなる友人にはなにか共通点はあるのか。僕は数年間にわたって人と全くと言っていいほど話さない期間があって、その間に自分の中で考えだしていった世界観やらが今も心に粘ついてるのかとかって思ったりします。根本的には人を見下していて、皆汚いことを考えてて、でも自分は他人とは違っていて清潔で余裕で楽しく生きていける存在なんだなんて子供みたいなことを今も心の中で思ってたりするのかもしれません。低いようで高いのが血圧とプライドだと博多華丸大吉も言ってますし。まあ僕はどう控えめに見ても血圧は低いですが。プライドや自尊心は高いのかもしれません。

 

自分を理解することが重要だとかってことは何となく思ってはきましたが、今ほど迫って理解したいと思ったことはないかも知れません。理解することとわかることとは多分意味が違ってて、頭で「なるほどねえー」って感じる程度はまだ理解には至ってなくて、ほんとに理解できたら正しいとわかったことを実行に移すくらいなんだと思います。人間関係、親とはなんぞや、感謝するとはなんぞや、といったことが僕に理解できたら、こんな生き方は送らないでしょう。自嘲するのは好きじゃないんですが、まあこんな自分はバカなんでしょう。でもこの路線の上で行くとほんとに自殺とかしちゃうんじゃないだろうかとかって思えてきたりもするので、光ある人生を求めて大事なことを理解したいと思いながらパソコンに向かってます。こんなこと言いながらも、やっぱ親に感謝とかできそうにないなーとつぶやく自分がいます。宗教とかでいう「救い」とかってのが何から救われるのかってのの答えは今の僕が感じてるようなどうしようもない苦しみから、だと思います。そうだといいと思います。

 

以上

歯磨きの仕方を変えてみた

先日、去る花火大会にて酔っぱらいに絡まれそうになって、改めて人が多く集まるところはろくでもないのも集まってくるのだなと、自分の浅はかな行いに反省したという近況を報告しながら、久方ぶりにブログを更新しようと思います。いやでもほんとに夜のコンビニの光に群がる虫みたく、人もあらゆる類いの者が雑多にこういう明るいところに群がるもんなんだと冷めた目で世を見つめてしまう自分です。うるさく羽ばたく蛾みたいなのや、うっとうしい痒みを与えて血を吸っていく蚊みたいなのや...どういう事情があろうとこういう場所は避けた方が僕のような人間は心穏やかに暮らせることでしょう。

 

今回の内容は歯磨きについてです。森昭・森光恵著『やっぱり歯は磨いてはいけない 実践編』という本を読みまして、そこに書いてある正しい(と著者の言っている)歯の磨き方に自分も「確かにそうかも」と思うところあって、そこに書いてある歯磨きの方法を実践しているところです。まあ自分なりに出来る範囲でですが。

 

その方法というのは、「歯磨きの回数は一日二回で、朝起きてすぐと夜寝る前」、「歯磨剤(いわゆる歯磨き粉)はなるべく使わない(夜のみ)」、「普通の歯ブラシだけじゃなく、デンタルフロス(糸楊枝)とワンタフトブラシ(画像参照)も使って抜かりなく歯の汚れを取り除く」、といったところです。出費もたいしたものではないし、そこらの薬局で売ってると思うので手軽にそろえられるはずです。

https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcS5RrAdeV5lbhwcNn3OdLOMWnprdRb0orAguTsKW2ImkOt2w8QWhg

 

今までは、一日二回、朝食後と夕食後に歯を磨いてたんですが、まず朝食の後は出かける用事とかもあって食後三十分以内に磨いてることが多かったんですが、これはせっかく唾液が汚れを落としてくれているのにそれを邪魔することになるそうです。人間元来、歯を磨く道具なんて使ってなかったけども、虫歯で苦しい思いをすることは少なかったか全くなかったんじゃないかと思います。それというのも唾液が大活躍していたから。というのが僕の考えなんですが、著者の森さんの話を聞くとその唾液を最大限活かすには食後すぐの歯磨きは逆効果。ということで、朝起きてすぐ歯を磨くようにしました。一日のうちで一番口の中が汚いのが朝起きたときということなので、そこで口内をきれいにしておいしく朝食を食べて、あとは唾液の活躍にまかせるようにしてます(歯磨剤を使うと歯磨きのあと食べるものがまずく感じられるのと、なんか体によろしくないものが使われてるみたいなので朝一の歯磨きでは使わないようにしてます)。

 

そして夜の歯磨きは寝る前に、歯磨剤を使ってやります。あとは寝るだけで何も食べないので。歯磨剤の使用は一切辞めた方が良いのかもしれませんが、長年これを使ってきたというのが染み付いてしまって、「歯磨きした感」が感じられるので夜だけ使ってます。そのうち一切使わなくするかもしれません。

 

普通の歯ブラシだけで歯を磨くと取り除けない歯の間の汚れなんかの方が、歯の表面に付着してる汚れより多いということなんですが、糸楊枝で歯の間の掃除をすると確かに汚れがごっそりとれることが多いです。ちょっと面倒ですが、口の中が清潔になったという感じが大きいので毎日欠かさずやってます。それと、奥歯とかの磨きにくい場所にはワンタフトブラシという聞き慣れないものを使って磨くようにしてます。

 

そんな訳で、唾液の働きを最大限活かすために歯磨きのタイミングを変えて、糸楊枝とワンタフトブラシも使って歯の間や奥歯なんかの汚れをしっかり取り除いて、歯磨剤の使用頻度を減らす、という新しい変化を我が歯磨き習慣に取り入れてます。思えば数年前、インド滞在中に急に痛みだした虫歯にどれほど恐怖したことか...帰国後、すぐ歯医者にいったらなんと奥歯四カ所で程度の差はあれ虫歯が出来ていたという惨事を知ってからは、歯の管理はしっかりしていたつもりでしたが、未だそこに改善の余地があるようなので日進月歩精進しようと思う次第です。あくまでご自分の責任で、ということでしたら歯の健康管理の参考にしてみてはと思います。

 

以上

「初期投資です」とか言ってうん十万の借金をしろ、と言ってくるビジネススクールに参加するかどうか迷った結果「やっぱやめとこ」と決意してまあよかったかなと思った話

先日、面白い経験をしました。面白いというか、これまでにない経験です。

 

twitterで連絡してきた見ず知らずの方と何日かチャットして、その後新宿あたりで会うことになり、直接会ったその日にその方がネットビジネスのセミナー的なものを紹介してきて、そこでその方が自分もネットビジネスを初めて成功した、という話を聞きました。そして、僕も参加しないか、と誘われました。これが先週くらいの出来事です。

 

そして、そのセミナーの体験授業みたいなものに誘われ参加することにし、その授業ではネットビジネスの仕方なんかを一時間ほど説明されました。誰でもコストゼロで始めれて、最終的には完全自動で収益が出るようになる、という流れを説明してもらい、頭良いなーと思いながら聞いてました。

 

ただし、そのセミナーに参加するには30万円必要だということでした。コスト全然ゼロじゃないじゃん。「これくらいならすぐに回収できる。自己投資です」といったようなことを言われましたが、いやいや、こちらと色々あってやっとバイトで安定した収入を手に入れながら生活できる状態に復活したばっかなんで、貯金なんて全くないです。借金してお金は用意しましょう、と言われても、正直、こんなにお金の大切さを感じてる僕に、そんな賭けにしか思えないことのために借金を背負うことなんてできません。

 

あと、僕の見方が冷めたものだったというのもあって、冷静に考えて、僕がそれに参加するとして誰が最初に、しかも確実に得するか(ビジネススクールの運営社)、そして誰が一番リスクを負うか(僕)、を考えたら、騙されている、と判断してもいいようなもんです。その相手は、絶対稼げるようになる、と豪語してました。それはホントなのかもしれません。が、結局、僕がそう信じるにたる理由はない訳で。

 

体験授業的なものを受けて、参加してる人の実績なんかを聞いてると、ほんとに稼げるようになってることを知るんですが、まあ人によって結果が出るまでの時間や、いくら稼げるかもそれぞれみたいだったので、今の状態の自分が30万という借金をしてやることではないな、と思いました。

 

結局、そのスクールに入った方が良かったのかどうかはわかりませんが、僕の判断ではすくなくとも今はそんなことしてる財政状況じゃない、となりました。ので、途中までかなり乗り気で色々話聞いて、断りました。断る時がめんどくさかったです。「今参加しないとこれからずっとビジネスは出来ない」とか「時間にもお金にも余裕のある生活が欲しくないのか」みたいなことを言われ、心の中では「えーそんなこと言っちゃう?」と思いながら「なんかめんどくさいやつだった、やっぱやめて正解だったかな」と思いました。

 

何事にしても確実に成功できるものはないってことは、ここ最近身にしみて感じてます。おかげで先月はほんとに家賃、水道光熱費の支払にさえ、必死こいて日払いバイト見つけてなんとかしたような有様でした。今は、週三で警備のバイトに出て、のんびり生きてます。僕は勝負強くもないし、野心もそんなないし、とりあえず今はやりたいことをマイペースでやろうと思います。警備のバイトは、一日勤務の予定が、作業が早く終って半日で帰れても一日分の給料が出たり、上のミスで急遽仕事が当日の朝になってキャンセルになっても一日分の給料が出たりするので、うれしいところです。現場によっては面白い人もいたりするし。

 

まあとりあえず、マイペースで生きています。

 

以上

渋谷駅付近を歩いてると鬱々としてくる

昨日、ちょっとした用事で渋谷まで行きました。そこで心が萎えました。なんでこんな人でごたごたしためんどくさい場所で、道もどっちがどっちだかわかんないめんどくさい場所で、訳のわからない建物で囲われためんどくさい場所で、どこもかしこも常にうるさいめんどくさい場所で、俺は用事なんか抱えてしまったのか。駅の中なんてどうやって歩いても人とぶつかるし。おいおじさんそんなとこで急に止まんないでよ、と思ったりするけどまあこんな雑多なとこじゃ立ち止まってみないと自分がどこにいるかわかんないだろうししょうがないか、と思うけどやっぱその度にそのおじさんの左右どっちを通り過ぎれば人とぶつからずに進めるか様子を見るけどどっちに行っても正面から人の波が押し寄せてきてるの見てうんざりしたりしました。

 

そんな鬱々としたメンタルでは他人のことがほんとにどうでもよくなってるので、人と会って話してると「あーこんな風に無感情で無表情で話してたら人に嫌われるだろうなーでもかといって明るく表情豊かに話すことも出来んしなーまあもう会うこともないかもだしいっかー」と堕ちきった開き直り方をしてます。

 

そういえば、こんな何の価値があるかわかならい雑記ブログ書いてるのはなぜなんだろうと考えてみると、人と直接面と向かって自分の考えてることを言う機会がなかったり、めんどくさいと思って伝えなかったりするので、こういう場で一方的にくっちゃべってしまおうという思惑が少なからずあったっけ、と思い出しました。そりゃ上記のような状況で、「なんか今かなり色々めんどくさくって、アナタと話してるのもつまんないのでこんな風に無表情ですが勘弁してくださいね。アナタのことが嫌いって訳じゃないんですがどうも無表情以外の表情ができないんですよすいませんね」とかっていったら多分相手も困るだろうし、なんとか穏便に済ませようとするとなるべくしゃべらないでいるしかないように思うのです。

 

思えば僕は人生の大半において、人と話すときは無表情を常としてやってきたので、僕にとってはそれが普通なんでしょう。興味のないことに対して「興味ねえ」って感情を隠さずに思いっきり無表情でいましたし。友達といても僕が興味のない話題で盛り上がってるときは無表情でいるのみならず、すっとその場を離れて一人で時間を過ごしたりしてたし。人といる時は明るく楽しくできた方がいいんでしょうけど、そこのところをしっかり身につけることなくここまで来てしまいました。そのことによるメリットデメリット様々ですが、とりあえず今後なるべく渋谷には近寄りません。

 

以上

朝四時に起きて

 

今朝は四時に起きました。久しぶりにこんな早い時間に起きました。いつもは六時とか七時とかです。二〜三時間の差ですが、こんな時間に起きると世界が全く違って見えたりして楽しかったです。人工的な音は一切聞こえず、鳥が一羽鳴いてるのが聞こえるだけ。窓を開けると見慣れた人工的な風景が広がってるんですが、視覚以外の部分でいつもと違うなにかを感じます。それが一時間もするとまばらに車の走る音が聞こえてくるようになって、「あーあ」ってなります。

 

今日は派遣の仕事で配送業の手伝いをしてきます。そのために朝六時半には家を出ようと思ってたのでこんな時間に起きることにしてました。最寄り駅から電車で三十分のとこなんですが、駅まで自転車で三十分かかるという辺鄙なとこに住んでるので朝早くから準備しようと。おかげでゆっくり朝飯を食ってブログ書く時間まである余裕っぷりです。

 

とは言いつつ、だらだらと書いてると焦って家を出ないといけなくなりそうなので早く書き終わりたいんですが、どうやって終れば良いのかわかんなくなってしまってます。「朝早く起きれたから家出るまでにブログ更新しとくか」なんて甘いことをしてしまいました。特に「これ書こう」という内容があった訳でもないのに。強いて言うなら朝四時起床の気持ちよさです。そういうことです。

 

もうさっさとこの記事書き終わりたいので、むりやり結論に持っていきます。早起きは気持ちいい。はいおしまい。