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ヨギーニートの日々

自称変人が綴る日記的なブログ

馬の仕事をしながら牛の仕事をするインド人の家族を思う

結構前のはなしですが、あるドキュメンタリー番組で、インドのバラナシで代々牛乳屋を営む家族を取材してました。家族で牛を飼っていて、牛乳を売るだけではなく牛の糞を使って家の壁を作ったりってこともしてました。その家族の子供(10歳くらい?)は牛乳屋を継ぐ気はないといってましたが、親は「いずれつぐだろう」と言ってました。それがしきたりなのだと。子供のころは結構自由にしていても、ある程度の年齢になると世の習いに従うようになるのだそうです。いいことか悪いことかは当人によるでしょうが。

 

僕が今乗馬クラブでバイトをしていて、正直この仕事を一ヶ月の期間で応募したのは間違いだったなー長過ぎたなー2週間くらいでよかったなーと思ってる訳ですが、でもこの状況にもいずれ終わりがくる、12月1日には開放されるんだ、とわかってるから正気を保ててます。これが一生のしごとになったらもう無理だ生きてけないって感じると思います。あのドキュメンタリー番組のインド人の子供もいつかこんな気持ちになるんだろうか、とふと考えました。インドのいまや色んな新しい仕事が生まれ、社会も大きく変わっています。自分の家の家業に人生を左右されるのは嫌だ、という意識が芽生えたら、あの子供たちはどうするんでしょうか。

 

こういう代々受け継がれてきた仕事を、子供が継ぐってのは結構合理的だとは思います。ずっと親の仕事っぷりを見てきたでしょうし、お客さんも引き継げるだろうし、必要な道具だとかはそろってるし。わからないことがあったり、人手が足りないときは気軽に家族に頼めるし。でも、特に生き物に関わる仕事は、週2以上で休みを取ることがほとんど出来ないし、時間的拘束が強いです。そんな仕事もうやだって子供が言ったら、そこで家業は途絶えてしまう。それに比べたら、こんな疲れる仕事を毎日しないで週休二日で給料が安定してるっていう会社で働く方が良いじゃん、て思って家をでる人が増えてきてもしょうがない。

 

でもこれで代々ノウハウを積み上げて伝承してきたのが途絶えてしまうのはもったいない。農業でも今では農業体験なんていって、農家の畑に入って作業ができたりしますが、一昔前は自分の畑をみずしらずの他人にいじらせるなんてとんでもないことだったと思います。跡継ぎがいない、力仕事が難しくなった、とかって問題が出てきたからこういう変化が生じたんだと思います。他の産業でもよそから人材を呼ぶようになってきてます。こうやって、一家の外の人にノウハウが伝えられるようになる。こうすればその仕事は途絶えることなく続けていける。

 

これまでみたいに一つの仕事を一生やってくってのは少なくなっていって、バイトって形で色んな人に来てもらって、気にいった人にここを継いでみないか、みたいに持ちかけるってことが増えていくんじゃないでしょうか。で、その後を継いだ人も同じような感じでバイトを雇ったりして仕事を教えながら、跡継ぎを探す、という感じになっていくんじゃないかと思います。というかそうなった方が、ノウハウの蓄積は問題が出てくるかもしれませんが、より多くの人が一回の人生でいろんな生き方が出来るので面白くなるんじゃないかと思ってます。

 

自分も今バイトって形で働いてますが、ここみたいに住み込みで働けるってとこも多いので生活費をあまりかけずに仕事探しできます。ご飯も一緒に食べるとことかだと雇い主と仕事の話がじっくりできますし。こんな感じで、この家に生まれたから自分も家業を継ぐんだ、っていう社会から、望めばいろんな仕事をしていける社会になったらいいんじゃないかと思います。

 

以上