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ヨギーニートの日々

自称変人が綴る日記的なブログ

完全無口時代

僕がまだ高校生の時だったと思う。こんなことがあった。ある冬の日、実家のダイニングで皆で夕食を食べていた。まあ例のごとく親以外は誰も話さないでもくもくと食べてました。で、冬なんでストーブが置いてあるんですが、これが自分の席からテーブルを挟んで斜め向かいにある、つまり一番ストーブから離れた位置にいました。一番近くに席をとっていたのは僕の兄で、一番近いと言うかもはや一人でストーブの温風をすべてうけているような感じに陣取っていて、僕のとことは北海道と沖縄くらいの差がありました。

 

僕は特に指先とかがかなり冷え易く、当時はひどくて外にいると手が紫色になるくらいでした。そして家にいるときも、ストーブの恩恵は殆ど兄が取ってしまうので、屋内にいながら手は冷えきったままでした。そんな状態だったのですが、ストーブを占拠するのをやめろとかは言いませんでした。よほどのことがない限り家族と口を聞くことはなかったんで、これくらいのことでこいつ(兄)と口きくのもなー、という思いもありましたが、そういう正攻法で問題を解決するよりも、相手に罪悪感を感じさせるようにしいという思いがありました。そういう方がなんか「勝った!」と思えるから。自分の手にあかぎれができても何も言わず、夕食の時に親が僕の手をみてあかぎれがひどいみたいなことを言う。自分含め誰もそれになんの反応もしないけど、兄も自分の手が寒さで痛んでいることを知る(こいつはいすを完全にテレビの方に向けて飯を食ってたので、僕の席の方は視界に入ってなかった)。てめえのせいで部屋がぜんぜんあったくならなくて、ここはさむくて仕方ないんだぜくそやろう、と思いながら飯を食う自分。箸を動かす度にあかぎれが痛む。そんな時代があったことを思い出しながら今日も仕事終わりの湯船の余韻を楽しんで過ごしている自分です。

 

いやー当時はほんとにひねくれた考え方の人間でしたね。ほんとに何も言わなかった。人からほめられても怒られても、どうでもいいです、みたいな反応しかしてなかった。それが自分にとって普通で、それが今も多少あるようです。言葉でコミュニケーションを取るってのが大事ってのは頭でわかってるけど、ちゃんと理解して行動してるかって言ったら今もそうでもない気がしてます。でも住み込みで一日中働いてて、言葉で伝えるってのが大事ってことが身にしみてわかってきます。これが毎日なんで、ここでの一ヶ月が終わるときは良い変化があるだろうって期待してます。

 

以上