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ヨギー(ニート脱却)の日々(2017年4月30日以降)

「今(2017年4月30日以降)はもはやニートとは言えないほど働いてるけど心はニートの味方です」なヨギーの日記

親について

親について、特に親が退職したり介護が必要になったりしたときのとこについて。大学卒業後の進路を考える時期を迎えて考えたこと。

 

僕はできれば親の面倒なんてみたくないです。そんなの一切気にせず、好きなとこで好きなように働いて生きていきたいです。今の感覚では、多分親の葬式にも行かないんじゃないでしょうか。まあ一応ここまで世話にはなったし、何も返さずってつもりはないんですが。できれば2000~3000万円くらい返しときたいです。でもそうしたらそれ以上は何もしない。あとは自分でなんとか出来るでしょ?お金あるし。そんな感じに考えてます。

 

僕がずっと実家を離れたいと思っていて、大学入学を機に実家を離れて暮らすことが出来るようになったとき、人生変わったといっていいほど晴れ晴れとした気分でした。それくらい僕にとって親も家族もうっとうしいものでした。親がいないとお前は生まれてねーだろっていわれたらそりゃそうですし、大学までお金を出してくれたのは親です。でもそこを考えても僕はこれから親を大事にしながら生きていくという発想は出来ません。とりあえずこれくらいあればあとは大丈夫でしょって額のお金をこれまでの恩として返すってところで終わります。

 

親が退職したり介護が必要になったときどうするかってのの僕の答えはすごく簡単で、お金という形でこれまでのものを返す。でもこういう意見って多分世の中的には反感買ったりするんでしょう。僕のやりかたでは親に対する感謝ってものがないので。これを口実にしてあとは自分で頑張ってねーという、縁を切る手段としているということ。でも人によって家族って感覚は違うんだし、僕みたいにずっと家族と離れていたいと思ってきた人間にとっては、これまでの生活を支えてきてもらったからその恩はあなたのこれからの生活に必要なお金で返すんでもういいでしょってのでいいと思います。

 

答えはシンプルで、それを正しいと言い切る理由が人によってはないのかもしれません。ぼくにとって親は他人に過ぎないので。でも、高齢者の人も、いくつになっっても人生楽しめるように努力するべきだと思うし、そのためには「あとは子供が面倒見てくれるから安心」なんて思ってほしくない訳です。いくつになっても健康で自立心をもって生きていけるって幸せじゃないですか。

 

以上