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ヨギーニートの日々

自称変人が綴る日記的なブログ

僕がマクドナルドでは食わないと決めた日

あれは僕が中学2年のある日のことだった。朝起きる。空は晴れ渡っている。そして僕の心はわくわくしている。僕の頭が狂っていた訳ではない。その日の朝は当時の僕にとって非日常的なものになるからであった。その非日常とは、朝食に朝マックに行くということだ。こんなことで心踊っていたとは我ながらばかばかしい限りである。

 

僕の家では食事は基本的にご飯+おかずや汁物という、いたって日本的なものであった。そしてインスタント食品やファーストフードは殆ど口にする機会はなかった。そんな食事環境で育ったので、マクドナルドに行く機会などまれであった。高知県のようなど田舎だと、都会で流行っているものに対して人々は一種の尊敬というか、かっこよさのようなものを多分に抱いている(と感じている。これは田舎に限った話ではない気もする)。マックで食事、というのは小中高の生徒にとってはおしゃれなもの、「おれたちいかしてるぜ」と思わせる魅力あるものなのであった(と感じている。これまた田舎だけの話ではない気がしている)。

 

もちろんずっと前にそんな価値観は近所の市民センターのトイレに流してしまったが、それまではなんとかマックで友達と一緒にバーガーにかぶりつきポテトをほおばりたいと思っていたのであった。そんなある日、「そうだ、明日朝マック行こう」と思い立ったのであった。意を決して両親にその旨を伝える。「明日は朝食いらない。朝マック行くから」と。その時僕の親は何を思ったのだろうか。「ああ、ついにそんな年になったのか」とでも思っただろうか。今振り返ると、こうして親の世話になることが一つなくなることで自分が少し自立できた、と思うことがあるのではないだろうか。否、自立して生きるとは、自分に協力してくれる人、助けてくれる人を自分の周りに作って生きると言うことであり、親から金をもらってマックで飯食って「おれ自立しちゃった?」なんて思うのは愚の骨頂というものだ(持論)。

 

とまあそんな訳で「朝マックいくわ明日」といったら案外簡単に「あ、そう」とやんわりした了承が返ってきたのであった。これで冒頭の朝を迎える訳である。朝8時ころ家を出る。自転車で20分ほどの所にそれはある。マクドナルド土佐通り店は。ペダルをこぐ足がはやる。「俺は今日、朝マックにいくんだ、やったぞ!」と、ちいさな幸福感で一杯の若き日の自分。マックに到着。店内に入り、レジで少し手間取りながら注文する。そしてついにブツがトレーに乗って手渡される。それを持って空いているテーブルへ。ついに。朝マック

 

味覚は満足したのは覚えている。が、このしばらく後僕は「マックには二度と行かない」という決心をするに至る。この背景には何があったのか。語ろうと思う...とか重々しい入り方になりましたが、きっかけは単純で、ある本を読んでからです。「おいしいハンバーガーの恐ろしい話」という本(だったと思う)。これを読んで食べ物の裏側の恐ろしい世界を知った当時の僕は「こんなのくえるかー!」と、一瞬でアンチマクドナルドとなるのでした。この手の本は他にも色々出てると思います。興味があれば読んで欲しいと思います。

 

マクドナルドで提供される商品の材料となる動物達がどういう扱いを受けているか、食材の管理の方法、売れるものにするために化学薬品で調整された味や見た目、臭い。他いろいろ。こういったことを知ってから、食には気をつけようと思い始めました。これに加えて、高校でどんどんひねくれた性格になっていって、多くの人に支持されているものに対して批判的になり、なおさらマックをはじめファーストフードへの拒絶が強まりました。その結果自分の健康がどれだけ改善したかはよくわかりませんが、とりあえず今元気です。これからもファーストフード全般、インスタント食品にはやむを得ない場合以外には手を出しません!

 

以上