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ヨギーニートの日々

自称変人が綴る日記的なブログ

「坂の上の雲」な時代

司馬遼太郎さんの作品「坂の上の雲」。西洋に追いつこうと近代化を急激に進め、日清戦争日露戦争を経て近代国家の仲間入りを果たしたかに思えた日本を、坂を上り詰めていく様に例えているそうです。しかし当時の西洋諸国同様に他国に自国の領土を持つようになった日本でしたが、その管理費用がかさみ赤字財政が膨らむ、アジア諸国からよせられた大きな期待に答えることができず孤立化していく、結局西洋諸国とは利害関係でしか結びつかない、などなど、その成果はまるで雲のように儚いものだった、というのがタイトルの意味らしいです。

 

頑張ってやっと坂を登りきったと思ったら、そこにあったのは雲のように実態のない、すぐに消えてなくなるものだった...急速な近代化の果てにあったものはそんな空虚なものだったのでしょう。そしてその後第二次世界対戦に突入していき、敗北し、廃墟の山が築かれました。その後はアメリカ並みの経済発展を目標として邁進しましたが、これも坂の上の雲のようなものなのではないでしょうか。今度は経済発展を目標として、一時期はアメリカをも超える規模の経済発展を遂げてそこにあったのは何だったのか...バブルが発生し、崩壊し、格差は広がり...ものを豊かさの指標にしていた時代に疑問が突きつけられ、どうしたらいいのかわかってないように見える社会が残ったように見えます。

 

で、そんな時代を経た今、政府が経済成長を目標にすることはどう評価されるのでしょうか。経済成長を何のために目指すのか、という視点は本当にあるんでしょうか。過去、経済発展を成し遂げたのに今格差が広がっている原因は何なんでしょうか。GDPが増えればそれでいい、てわけではないんでしょう。坂を登りきって「あー雲しかないねー」と虚無感に包まれないために必要なものって何なんでしょうか。無責任ですが、僕の疑問を投げただけで終わります。

 

以上