病んだヨギーの日々(2021年4月27日現在)

就職してしまったヨギーの雑記

自分の人生振り返り:兄への反逆

一人でいる時間が多いと自分について考えることが多くなります。で、そうすると自分のいやなとことかがどんどん涌いてくるわけです。で最近、「自分プライド高いなー」と思うことがあるのでなんでかなーと考えていました。ほんとは最近だけじゃなくてずっと考えてたことですけどね。博多華丸大吉の漫才でも「低い低いと思って高いのが血圧とプライド」という名言があります。この傲慢さはどこから来ているのか自分の人生を振り返ると、思い当たるものがいくつかありました。その一つである「兄への反逆」を語りたいと思います。

 

まず最初に、自分には兄がいます。3つ上です(確か)。そして僕が6歳くらいの時からその兄にパシリに使われてました。パシらされてお菓子とか買ってくる訳ですが、その報酬という形で10円くらいのものを自分に買って良いことになってました。が、自分の中でその状態がいやになり、「なんでこんなやつの言いなりになってんだ自分は」と、自我が芽生えそれは兄への抵抗を求めるようになりました。

 

そういう訳である日、いつものように「Jリーグチップス買ってきてー(Jリーグチップスとは:人気サッカー選手のカードがおまけについているスナック菓子。当時の兄はサッカーが好きだったので。ちなみに自分は全く関心がありませんでした)」と言ってきた兄に対して、「自分で行けば?」とそっけなく返答しました。兄の反応;ん?どうした?ってところだったと思います。が、「いやいつも買いにいきゆうろ。行ってこいや(土佐弁)」と再度命令。それに対し自分は譲らない。「自分で行けばっていゆうろ(土佐弁)」。それに対して兄が動く。「買ってこいやー」と首を締め付けてくる。もう自分は何も言いませんでした。黙って動かずにいました。ガンジーの非暴力不服従という思想をこのときは知る由もありませんでしたが、6歳の自分は自分の自由を主張してその暴力に黙することで抵抗したのでした。その日から自分のパシリ生活は終わりを迎え、自分は自由を勝ち取ったのでした。

 

といった出来事がありました。自分がいやだと思ったことは拒否する、という行動を意識的に、信念を持って、とった人生で最初のことではないかと思います。で、そこから誰かに従うとか言うことを素直に聞くだとかってことに抵抗するようになったのかなと思います。特に相手が自分の気に食わない人格だったりしたときには。

 

他にも思い当たることはあるんですが、自分の記憶の一番古いものでこれが残ってたので、6歳の頃の記憶なので今も覚えてるってことは相当印象強かったんではないかと、つまり自分に与えた影響も大きかったんじゃないかと思います。そんな訳で6歳のころの自分は自身の自由と誇りというものについて行動を起こし、今の良くも悪くも傲慢な自分につながっているんじゃないか、というのが今日考えていたことです。

 

以上